子供の頃、両親がケンカを始めると、不機嫌になり自分の部屋に閉じこもった。
理由もなく「お母さんがかわいそう」と、いつも母の味方だった。
社会人になり家庭での話をする度、父のことを褒めてくださった伊藤専務。
10年ぐらい経ってから、なんとなく疑問を持ち始め、最近、やっとその意味が分かってきた。
第3者として公平に二人の言い分を聞いていると、良いも悪いも半々だった。
しかし、その発端を考えると、被害者は・・・?
父に対する感情が変わり始めた朝、いつものように出勤前のコーヒーを飲んでいた。
隣でヨーグルトを食べる父との、10分くらいの会話が、いつになく心地よかった。
40年間で一番嬉しい時間だったと話す私に、「それが氣の交流だ」と専務はおっしゃった。
特別な話をする訳ではないが、こちらの見方と氣持ちが変わった時、言葉と一緒に「好感」「感謝」の氣が伝わっていくのだと実感した。
言葉を選んだり、言い方を氣にするよりも、相手に対する勘違いや思い込みを一度取り払うことが必要だ。
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