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昭和39年9月26日、私が12歳のときに伊勢湾台風がやってきました。朝から強烈な風雨が吹き荒れ、午後8時頃、近くの堤防が決壊し、猛烈な勢いで海水が流出。
私たち家族も流されそうになりました。家の中にいましたので、父が素早く机やタンスを組み立て階段を作り、私たちを屋根裏に上げ、父も上がり全員無事でした。
あの怖さと安堵感は忘れません。 |
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つい最近の千葉、東京での地震を覚えていますか?
その時私は東京エレクトロン府中ビルの24階で、今林さんと講習を受けていました。
今まで体験したことのない大きな揺れを感じ、正直「死にたくない」と思いました。
帰りの新宿駅はパニック状態。都心型地震の恐ろしさを身をもって体験しました。 |
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今から10年以上前、私が小学生の頃の出来事です。
内津々川が決壊し地蔵川の水が溢れ、テレビに春日井市が写ったり、友達の家が床上浸水したり、川の魚やカニが道に横たわっていたりして、とてもびっくりしました。
水が迫ってくる様な氣がして怖かったです。
まさか自分が住んでいる所が被害に遭うとは思ってもいませんでした。 |
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5年前の東海豪雨のとき、私は清洲町に住んでいました。
水が腰の高さまで来て、停電も1週間続きました。
それまでテレビや新聞で見聞きしただけの事が、実際に自分の体験となり、その怖さは今も鮮明に記憶に残っています。
当たり前の生活が出来ない不便さを体験し、その大切さを改めて知りました。 |
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大阪を離れて大宝に入社した半年後に、あの阪神大震災が起きました。
何度も通った阪神高速は倒れ、遊びまわった街は焼け、一緒に遊んだ友人の1人は、その家族共々二度と会うことが出来なくなりました。
まだ、携帯電話をほとんどの人が持っていなかった当時、友人の消息を何日も心配し、事実を知ったときにはただただ泣きました。
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大阪出身の私、地震には全く縁がなかったのですが、10年前の冬の朝、突然大きな揺れを感じ目が覚めました。
跳び起きた瞬間、テレビなどが倒れてきて、阪神大震災の恐ろしさを体験しました。
あれから10年、世界的にも大きな天災が発生しています。もっと地球にやさしく、人にやさしく、自分に厳しく・・・。
身近なことから実行します。 |
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伊勢湾台風が上陸した日、その日は夕方から風が強くなり、父や兄が家の周りに板を打ち付けている音が響いていました。
さらに風が強くなると家が揺れ、柱や戸がきしむ音が聞こえ、大変怖い思いをしました。
その時私は12歳でした。あの日の不安な氣持ちは今もはっきりと覚えています。 |
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