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5月5日は子供の日

子供の日にまつわる あれこれ

 
 

黒川支店 宮本 一幸

 私の子供の日の思い出は、小学校の頃、その日だけは家族みんなで、近所の銭湯へ菖蒲湯に入りに行っていたことです。

銭湯の後は、家に帰ってちらし寿司とちまきを食べました。

家には鎧兜を飾っていましたが、鯉のぼりはありませんでした。友達の家には、大きな鯉のぼりがあったので、すごくうらやましくて、親に頼んで買ってもらいましたが、小さい鯉のぼりだったので、「こんなものいらない」と言って困らせていました。

今思うと申し訳ない氣持ちでいっぱいです。これからは、親孝行できるよう頑張っていきます。 

 
 

金山支店 桜庭 一樹

 私が子供の頃に育った家は、たくさんある住宅団地の中の一つでした。

そのため団地の中で大きな鯉のぼりを立てられるわけもなく、仕方なくやや小さめの鯉のぼりをベランダに立てていました。

5月になると、時には強い風が吹きます。突風に吹き飛ばされて、我が家の鯉のぼりは、はるか彼方へ消えていきました。あのときの鯉のぼりは、いったい何処へいったのか?それは今も謎のままです。

 

西春支店 覺間 秀和

 子供の頃、子供の日と言えば外食できる日、おもちゃを買って貰える日でした。私にとっては、誕生日、クリスマスと同じ位に特別で楽しみな日でした。もうすぐ子供の日ですが、子供がいるみなさんは、お子さんに何かを買ってあげるのでしょうか?最近のおもちゃは、高価なものが多いので、私は買ってあげるのに躊躇します。おもちゃを買う事がすべてではありません。業務が忙しい日が続きますが、日頃お子さんとのふれあいが少ない方も、子供の日は、お子さんにサービスをしてあげてください。

 

港支店 伊藤 恵祥

 私の子供の日の思い出は、小学生の時、両親に東山動物園に連れて行ってもらった事です。

昔から動物や乗り物が、大好きなこともあり、大はしゃぎだったのを覚えているのですが、今考えてみると両親と一緒に過ごす一日というのが一番楽しかったです。その時は、それが当たり前と思っていましたが、今はそれがありがたい事だと感じます。

私にも大学生になる息子がいます。自分の息子にもいい思い出を残せるように、子供の日は必ずお祝いをしてきました。現在私には母親しかいませんが精一杯、恩返しをしていきたいと思っています。

 

犬山支店 松浦 光男

 毎年、子供の日が近づいて来ても、最近では田舎の方でしか鯉のぼりを見かけません。

私の田舎では、長男が生まれると、初節句に本家から、鯉のぼりと兜を頂きます。たくましく丈夫な子供に成長するようにと願いを込めて、毎年子供の日が近づくと、ちまきを添えて飾ります。息子が 5・6歳の頃、兜を頭にかぶって、はしゃいでいた姿を思い出します。

あの頃は、帰りが遅く子供の寝顔しか見た事がないくらいでしたが、休みの日には、よくボールなどで一緒に遊びました。その息子も30歳になり、今は転勤で東京に行っています。離れていても、子供の日が来ると鯉のぼりを飾っています。いつまでたっても、子供を思う親の願いは変わらないですね。

 

 

中川支店 遠藤 一也

 我が家では、子供の日には毎年、東山動植物園に行きます。

朝早くから妻がお弁当を作って家族4人で出かけます。毎年の事ですが、相変わらず沢山の人で、動物を見ているのか、人の頭をみているのかわからないくらいです。お昼には、あの動物が可愛かったとか、次は何処へいく?とか、美味しいお弁当を食べながら会話も弾みます。

動物を見た後、遊園地に行き、乗り物に乗って色々遊んだ後は、毎年子供の日に配っている、弥富の金魚をもらって帰ります。

金魚の世話は、妻の仕事となっていて今でも大きく育っています。

 

 

大高支店 遠藤 勇一

 私は知多郡大高町、現在の名古屋市緑区大高町で生まれ育ちました。

小学生のころは自転車で近くの琵琶ヶ池に友達と遊びに行きました。

当時はただ広い公園に池と展望台があるだけでしたが、この季節には展望台から近くの、どの家からも鯉のぼりが立っていて色鮮やかだったのを今でもよく覚えています。

 琵琶ヶ池は現在では大高緑地公園として整備されていますが、高い建物が増え展望台からの景色はさみしいものになってしまいました。それでも大高緑地は市民の憩いの場として、今でも家族連れなどに人氣があり、一日楽しく遊べるおすすめスポットです。

 

 

岡崎支店 夏目 正俊

 子供の日で思い出すことは、約40数年も前の話になりますが、当時はまだ経済環境が悪く、物も不足している時代でした。

両親も毎日多忙で、なかなか遊んでくれる事はなかったので、子供達は近所の友達と野山を駆け回るか、広場や川で遊ぶことが多かったと思います。しかし、5月5日の「子供の日」だけは特別な日で、両親にどこかへ連れていってもらえる日でした。

その中で一番鮮明に覚えているのが、潮干狩りに行ったことです。オートバイを買ったばかりの父親が、私と弟を乗せ幡豆の海岸までつれていってくれたのです。子供心に、父親の背中から感じる温かい氣持ちと、風を受ける爽快感、どこまで行くのだろうという好奇心でとても幸せな一日でした。

 

 

春日井支店 小笠原 都真

 僕にとって子供の日の思い出というと、写真でしか覚えていませんが、おじいちゃんにあげてもらった鯉のぼりです。

おじいちゃんは僕が小さいときに亡くなってしまい、あまり記憶には残っていません。鯉のぼりも写真でしか覚えていないのは、少し寂しく思います。

僕が結婚をして、もし男の子が生まれたら、毎年鯉のぼりをあげられるような家庭をつくれるように、がんばっていきます。

 

 

四日市支店 小野 友良

 子供の日といえば「鯉のぼり」です。我が家には、現在高校生の長男誕生のときに、妻の実家から贈られた鯉のぼりがあります。

昨今の住宅事情のせいか、特に都会では、鯉のぼりを見かけなくなってきています。我が家でも、以前は天氣の良い日に、鯉のぼりを青空に泳がせていたものです。

現在では、ケーブル線にひっかかってしまうため、10年近く出していません。今は押入れの中にしまい込んでいますが、将来、息子の子供たちに、青空に泳ぐ鯉のぼりを受け継いでもらいたいと思います。

 

 

 三好支店 林  裕之

 私の家は両親が共働きであまり子供の日に遊んでもらった記憶はありません。ただ、近所にはたくさん子供達がいたので、みんなで鬼ごっこやかくれんぼをして日が暮れるまでよく遊んでいました。

私にも子供が二人いますが週末には家族全員で近くの公園に遊びに出かけます。その時には子供達の友達も一緒に連れて行ってあげます。

普段はあまり子供達と話すこともないのでこのような時に学校であったことや友達の話などを聞いています。

 

 

車輌部  山田 季良

 私の子供の日の思い出と言うと、特別 何という事もなく、今の子供達のように、色々なものを買ってもらえる事もありませんでしたが、ただ休みになるということが、うれしかったです。

楽しかったことといえば、しゅうらく園の大仏にはよく遊びにいっていました。

そして、5月5日は私の父親の誕生日でもあります。

今年、93歳になる父親には、いつまでも元氣でいてほしいです。私にとって5月5日はみんなが思う子供の日ではなく、父親の誕生日と言う思いの方が強い日です。

 

本社 経理部課長 大久保 知明

 今でも、息子が生まれてから毎年4月の中旬から、庭に鯉のぼりをあげています。息子は中学1年ですが、小さい頃身体が弱く、心臓の手術をしました。今では良くなっていますが、毎年健やかに、元氣に育ってほしいという願いであげています。

私の子供の頃の思い出は、やはり鯉のぼりですが、ゴールデンウィークには、東山動物園へ両親に連れて行ってもらったことです。

しかし、子供の頃は、親の氣持ちなどわからず、ただ自分が楽しければ、いたずらをせずに、ただ良い子であればそれでよいという自分本位の考え方に終始していました。私も子供の立場から両親の思いを知り親孝行を考える日としてゆきます。

 

 


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