6月和合塾定例会 2013年6月5日(水)

6月和合塾

【最終回 テーマ】   「 私と和合塾 」


 

事務局 常務取締役 S T

 和合塾が始まったのは1983年1月14日。30年半の間に沢山の塾生と出会い様々な支援をいただき、伊藤塾長のもとで指導をいただけたことを幸せに思う。

また時間の経過の速さと凄さを感じている。この30年で大宝の交通事故件数は激減した。塾長との関係の中で「自分を大事にしてもらっている。愛されている。」と実感することで生命の大切さを理解する人が増えたからだと思う。そして塾生同士が共に学びレクリエーションを楽しむことで、みんなが生き活きとし始め、以前は顔を合わせると喧嘩をしていた他支店の社員同士が、敵ではなく仲間だと思えるようになっていった。
 和合塾は誰もが自分の意志で参加することが出来る学び舎だった。塾長が一人ひとりが持っている色々な心の傷
やクセを受け止め、その人に合った接し方をして下さることで、心を開き話を聞くことが出来た。学ぶことは自分が立ち上がり変化し、他人に役立つための第一歩だ。私たちはそんな時に背中を押し、手を引っ張って下さる師や仲間に恵まれた。生涯をかけて学び考え続けることが大事だ。
 私たちは和合塾を通じて論理を学び、喜びを共有したいと思える友人を得ることが出来た。また、挨拶や時間を守り節義を大切にするなど、人間として基本的なルールが大事であり、それがないと楽しく成果を出すことは出来ないと、厳しく指導していただいた。定例会やイベントなどすべてが学びだった。それを仕事の中で発揮しないともったいない。一つひとつ活かしていって欲しい。私は伊藤塾長やキラキラ輝く先輩たちに憧れ、少しでも近づきたいと思い努力することで、この会社で働くことの楽しさを実感することが出来た。体調がすぐれず6月20日で退職することになったが、33年間お世話になったみなさんに心から感謝している。ありがとうございました。

 
 

社歴39年 組合事務所 N Y

私は入社して38年余り、人生の半分を大宝で過ごしている。今日はこの間に見て感じたこと、大宝の変遷についてお話ししたい。みなさんにとっては今の状態が当たり前かもしれないが、決してそうではない。伊藤塾長という指導者のもと切磋琢磨し学んでみえた先輩方による努力の賜物だ。
 入社当時、男性ばかりの職場で、女性といえば営業所に「おかあさん」というような人が一人だけだった。同じ大宝の社員でありながら、自分が所属している所が大宝のすべてで、支店同士は敵対心が強く、野球大会や慰安旅行で顔を合わせると喧嘩ばかりしていた。塾長が大宝にみえてから最初になさったことは安全活動だった。毎日のように起きていた事故を無くすためのルールが作られた。当時、女性は補助的な役割であり、賃金差もあったが、男女の格差が是正され、性別に関係なく同じ様に評価されることが嬉しかった。男女雇用機会均等法が施行されるずっと以前の話だ。
 塾長は何よりも人材育成に力を注がれた。武田信玄は「人は城、人は生垣・・」と言ったが、企業も同様にそこで仕事をする人が大切だ。和合塾は門戸開放という経営基本方針に沿って年齢や性別、学歴、職種を問わず志を持って学びたいという考え方を持った人たちの集まりだった。人はご飯を食べることが出来たら、楽な方へ流されて行く。そんな人たちの眠っている才能、能力を、学びを通して掘り起こし、より良い人生を歩んで欲しいという愛情によって、業務終了後に多くの塾生が塾長のもとに集まり、自分のため、家族のために学び、大宝全体のレベルアップにつながった。運動会や文化祭では、一匹狼でやってきた人たちも知恵を出し合い協力し、一つのものを創り上げることで心が養われていった。23年前に組合地方本部主催のイベントが行なわれた時、終了後の会場はゴミの山だったが、大宝テントの周辺は美しかった。他社の組合員が「へーっ、大宝ってすごいな、さすが教育立社」と話しているのを聞いて嬉しくなった。
 そんな指導者を失って不安だと思うが、本当の勉強は自己啓発だと塾長も仰っている。みんなが力を合わせ、より良い組織を創り上げて欲しい。塾で学んだ人の中から沢山の管理者が生れ、育ち、巣立って行った。地位とは権力ではなく責任だ。後世に心を伝え、学び続けて下さることを願っている。人生は一期一会。伊藤塾長に出会えたことをとても嬉しく思っている。長い間ありがとうございました。


H グループ リーダー

三好支店主任 三小田 裕美

 伊藤塾長が会社を去られ今回が最後の和合塾になると聞き、淋しさと不安でいっぱいになった。大切な人に思いを伝えることが、兄の結婚式では出来なかったので、今日は塾長にちゃんと伝えたい。私は平成12年に入塾した。翌年「成長したいと求める人には、必ずその機会がやってくる」という塾長メッセージをいただいた。当時、心の中でいつも一人ぼっちだと感じていた。会社とはこんなところ、大人社会はこういうものだと強がっていた。和合塾で学んでいる先輩たちが楽しそうに話していることに興味を持ち、学ぶ場に参加した。何人かの前で塾長が「三小田はかわいそうな子だから、みんなで助けてやってくれ」と言って下さった。なぜかは理解できなかったが、帰りの車の中で涙が止まらなかった。子供の頃から劣等感や小心さから小さなことにこだわって意地を張り、人に対して素直になれず心配と迷惑ばかりかけてきた私の育成歴を見通して、ものが分からず悲しい自分を認め、学び、変化せよと言っていただいたのだと思う。
 その後、「悲しみは悲しみとして受入れ、新しい自分を大切にする」「人間は何回も生まれ変わる。より良く生きるために」というメッセージをいただいた。自分で勝手に「私は幸せになってはいけない、不幸でなければいけない」と思ってきたが、塾長の深い愛情とご指導によって変わるきっかけをいただいた。そして、お互いのことを語り、喧嘩しながら助け合い、信じ合える仲間も出来た。これからも大切にしていきたい。


L グループ

金山支店支店長 上杉 超治

 最後の和合塾で発表の機会をいただいたが、戸惑いもあり今は複雑な思いだ。私は平成10年に入塾した。当時、定例会の会場に来て塾長の側で楽しそうに話をしている先輩の姿を見て憧れ、「あんなふうになりたいな」と思っていた。その反面、自分のことが分からず、必死になって今までの自分を守るため、居直ったり無関心を装っていた。そんな自分のことを「おもしろい」と言っていただき嬉しいのに、息も出来ないぐらい張り詰め、そんな自分をごまかし氣持ち悪い態度をとっていたと思う。
 私は特に意を持って会社に入った訳ではない。ずっと人の真似ばかりして生きてきた。「お前はヘラヘラだなぁ。自分を出したことがあるのか」と言われても、自分でも分からない。なんとなく苦しいと思いつつ、自分が原因を作っていることに氣づかなかった。10年前、自分の子供に言うことを聞かせるため脅すような態度をとった時、近くにみえた塾長に呼ばれ何十発もビンタを張られた。表面では明るく振舞いながら、いつも心を閉ざして働いていた私に「お前の人生、それでいいのか」と叱って下さったのだが、途中までは「俺の何が分かるんだ」と反発していた。私が一一歳の時、五つ上の姉が犯罪に巻き込まれて亡くなった。「姉貴の倍生きればいい」と思ってきたので、32歳になってこの先どう生きたらいいのか分からなかった。自分を出して生きろと言われても、どうすればいいのか分からなかった。そんな氣持ちを吐き出すと、塾長は「甘ったれるな、俺も一緒だ。だから学ぶんだ。痛みも悲しみも全部あるのが人間だ」と教えて下さった。その後も本当に骨身を削って人生は自分のものだと氣づかせてもらった。これからも近くで学び続け修行をさせていただきたい。


和合塾 OB

大高支店 A T

久しぶりの定例会だ。経営学習会一八期生でOグループを結成し和合塾に入塾した。定年後も学び続け昨年、引退させていただいた。その間、和合塾で一番楽しかったのはレクリエーションだった。もともと人が集まって楽しく騒ぐのが好きなのだ。六年前、塾長メッセージで「謙虚さ」が大切さだと教えていただいた。私は過去に3回結婚と離婚をしている。さすがに4度目はないと思っていたが、何かある度に「謙虚、謙虚。ここは黙っておこう」と意識していたら、定年後に4度目の結婚をすることが出来た。塾長からの一番のプレゼントだ(笑)。
 私は前職で勉強会の講師をやった経験がある。この年になって自分の足りない部分を見直す機会を得ることが出来、感謝している。これから塾生一人ひとりが学んだことを見つめ直し、掘り下げ、足りないものを補っていくことが必要だ。本氣になってやらなければ会社はなくなる。新しい自分たちの学ぶ場を見つけてゆこう。


 ※永年ご指導いただいた伊藤塾長、鈴 木塾生に和合塾生より記念品を贈ら せていただきました。


伊藤塾長講話

 ありがとう。生まれて初めて表彰状をもらいました。私の宝物です。私からも一緒に学び働いた皆さんにメッセージと記念品(ボールペン)を用意しました。代表として先ほどの発表で私を彼氏の一人にしてくれると言ってくれた三小田さんに手渡します。
 この30数年間で私が一番勉強になりました。何百人の人と出会い、多くのことを学びました。こちらがお礼を言いたいです。「人生は一期一会」と言いますが、多くの人と出会い、話をして、本当に楽しいサラリーマン生活でした。最後にもう一度言いますが、学ばないとダメ、ものが分からないとダメです。ものが分からないと、ほとんどまともな話が出来ません。
 犬山支店の中尾さんは先日、自分の息子を病気で亡くしました。最も悲しいことです。ぜひ祈って下さい。いつかみんなあの世に行きます。出来るだけ自分のエゴを小さくして仲良くして下さい。私は守山の山奥に住んでいます。いつでも遊びに来て下さい。難しい話の時はお金を持って来て下さい。それは冗談ですが、一緒に話をしながら酒を飲みましょう。
 本当に長い間ありがとう。言葉だけでなく心から感謝します。ありがとう!

事務局 門田真理子塾生より

 お話いただいた皆様、今日の運営をして下さったHグループの皆さん、塾生の皆さんありがとうございました。少し時間をいただきお礼の挨拶をさせていただきます。鉄腕アトムの恩師はお茶の水博士ですが、私の恩師は伊藤塾長です。学びを通してヒト科の動物から人間にしていただきました。私は生命の尊さ、はかなさ、親の有り難さ、世の中のこと、何も分からないのに、学校の勉強を少しやり、アルバイトをしただけで一人前のつもりで社会人となりました。22歳で入社して24年と3ヶ月、塾長からは、目には見えない「ものの見方、考え方」がとても大切だということ、もの事は原理原則から外れると上手くいかないこと、学ぶことで少しもの事が分かり、人の役に立てるようになることが人生の喜びだということを教わりました。また塾長はいつも私たち塾生一人ひとりに人間として関心を持ち、愛情を注いで下さいます。そのお陰で私は人間の核となる魂を育てることが出来、今があります。鈴木塾生には、どちらかと言うと男社会の運輸会社で、男女関係なく「おもしろい、やってみたい」と思ったらチャレンジ出来るという道を切り拓いていただきました。ずっとお二人の側にいたので今の心境を言葉にすると、「淋しいです」「有難うございました」「これからもよろしくお願いします」の三つです。
 私は一五年ぐらい前から塾長の前で言ったりやったり出来ないことは、他でもやらないと心がけて来ました。少しでも人間として美しくありたいし、自分の芯棒を作りたいからです。それは今も同じです。これは今後の私たちにとって最も大事なことです。今まで塾長からつくっていただいた条件や関係を、自分以外の人に求めると、不満ばかりで関係が悪くなり、会社に来てもおもしろくなくなります。そうならないように自ら学び、考え、判断し、実行し、結果に対して責任をとる「現代のサムライ」を目指してゆきましょう。
 塾長がどこか遠くに行ってしまわれる訳ではなく、守山区にみえて「いつでも遊びに来てくれ」と言って下さっているので、自ら近づきご縁を大切にしてゆきましょう。また年に何度か特別授業をお願いしたいと思います。その時はもちろん有料ですので、塾生の皆さんもお酒ばかり飲んでいないで、学ぶためのお金を貯めておいて下さい。私もずっと弟子であり友人でいさせていただきたいです。伊藤塾長本当に有難うございました。


HOME 前に戻る